私はずっと、
「何かができること」
「誰かの役に立つこと」
「誰かに認められること」
そんなことが、自分の存在意義だと思っていました。
だからこそ、
自分の思うような自分でいたいと思っていたし、
そうなれるように努力もしてきました。
でも心のどこかでは、
「条件付きではなく、無条件に自分の存在を認めたい」
そんな思いも、ずっと持っていたのかもしれません。
社会人になり、いくつもの壁にぶつかりました。
それまで周りから評価されていた自分は、
あっけなく崩れていきました。
そして最後には、
病気になり、仕事を辞めることになりました。
あの頃の私は、
本当に自分を追い込んでいたと思います。
あの頃の私は、ベッドの中で何度もこう思っていました。
「誰の役にも立っていない私は、生きる価値なんてない」
そう思いながら、
ただ泣いていたのです。
生きる価値を、見失っていました。

そこから私は、心理学やカウンセリングを学び始めました。
そしてそこで、あることを知りました。
人は、
「何かができるから価値がある」のではない。
「誰かの役に立つから存在していい」のでもない。
一人ひとりが、
ただそれだけで、かけがえのない存在なんだということ。
その言葉を知ったとき、
私は思いました。
「ああ、私はずっと、そう思いたかったんだ」と。
でも、そのことに気づくためには
当時の私が大切にしていたものを
一度手放す必要があったのかもしれません。

生きていると、
つらい出来事や、
どうしてこんなことが起きるんだろうと思うこともあります。
でももしかしたら、
その出来事にも意味があるのかもしれない。
私はずっと、
「本当は保育士ではなく、今の仕事がしたかったから、あの出来事が起きた」
そう解釈していました。
でも今日ふと、思ったのです。
本当の目的は、
もっと深いところにあったのかもしれない、と。
私はきっと、
“何かができる自分”じゃなくても
自分の存在を認めたかった。
そのことに気づくために、
あの出来事があったのかもしれない。
そう思えたとき、
過去の出来事の見え方が、少し変わりました。
もし今、
「役に立てていない自分には価値がない」
そう感じている人がいたら。
それは本当に、
あなたの価値なのでしょうか。
もしかしたらその考えは、
これまでの経験の中で
知らないうちに作られてきた思い込みかもしれません。
思考を整理していくと、
自分がどんな前提で生きてきたのかに
気づくことがあります。
そしてそのとき、
今までとは違う世界の見え方が
少しずつ始まっていくのです。
もしかしたら、
あなたもずっと
「何かができる自分」でいようとしてきたのかもしれません。
でも本当は、
何もできなくても
ただ存在しているだけで価値がある。
私はそのことに、
ずいぶん遠回りして気付きました。